現地で見えるもの

東日本大震災から三年が経とうとしている
テレビなどメディアの話題としても、東日本大震災の話題が取り上げられる回数が非常に少なくなってきたように思う。

ひとは悲しいかなどんどん忘れていく生き物なのだ、どんなに辛いことでも
日本でおきた戦争や地震や災害など巻き込まれた当事者や、大切な人を失った人の心にずっと傷が残っているのにも関わらず
当事者ではない、第三者はどんどんその話題から離れていき、自分の人生をまたあゆみ始めるのだが、本当にそれでいいのだろうか?

私は東日本大震災では休日をつかって現地に入って、ボランティア活動をしたり募金も少なからずしたのだが
それが本当の意味で被災した方々の役にたっているのかはわからない。

なぜこんなにも遠く感じるのだろう?何故みえないのだろう?
自問自答する日々だった、自分が看護師という人を助ける医療の仕事をしていながら
自分が助けたい人には何も出来ないのだ。

周りの友人や同僚たちがどんどん結婚していく中で、私は婚期も逃してただ仕事に打ち込んで来た。
そんな中で東日本大震災がおきたのだ。
結婚に執着したこともあるが、震災がきっかけになったかもしれないが、
わたしにとって結婚は、結果論に過ぎず目指すものではないように思えた。

私が人を助けたいという気持ちで続けて来た看護師という仕事は、本当に困っている人の役にたてていない。
そんな想いがどんどん湧き出て来て私は、岩手県の看護師求人に応募することに決めた。
岩手県の看護師求人に応募して岩手県で看護師をしたからといって、本当に人の役にたてるかはわからないが
自分が助けたいと思っている地域にいって、実際に看護をしたほうが本当の意味で自分がすべきことがなんなのかが見えてくるかもしれないからだ。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です